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| 李 銀山さん |
書道が取り持つ縁で中国河北省からやってきて、7年目。一宮市だけでなく、名古屋市内10区や知多市などで教室を持つ書道家の李銀山さん。書道というと、とかく硬いイメージで捉えられがちだが、李さんの教え方は書道という伝統にのっとりながらも実にユニーク。これまでに日中両国で書道展を開催。10月には一宮市スポーツ文化センターで「楽陶会&日中古墨書道展」を予定するが、その開催前にお話を聞いた。
李さんが初めて日本を訪れたのが平成8年。自らの作品展を、東京、名古屋、徳島、岐阜、香川などの各地で開催。約1カ月間にわたって全国を巡ったという。
「日本に来る2年前、中国で、ある日本人と知り合いになったんです。その方は名古屋市出身の画家で、ちょうど中国に留学していたんです。私の書をすごく高く評価してくれて、その縁があって日本の各地で作品展を開くことができました」
その後、中国と日本を行き来していた李さんだが、活動の拠点を日本へ移したのが平成13年。平成15年には妻子も呼び寄せ、今の日本での生活が始まったという。
書道の先生で、しかも日本へ来て教えるというぐらいだから、さぞかし小さいころから習っていたのだろうと聞くと、意外な答えが返ってきた。
「私が書を始めたのは18歳から。当時は師範学校に通っていて、なんかの機会に作品展に応募したんです。そうしたらすごく誉められて、その後、省政府の賞をはじめいろいろな賞をもらって、もう21歳の時には人に教えていました」
わずか3年の間に、めきめきと頭角を現した李さんの才能。その陰には李さん自身の書に対する熱い思いがあったことは想像に難くない。
「いい書を書こうと思ったら、努力することはとても大事です。でも正しい方法を知って努力するのと、間違ったやり方で努力するのでは全然違います。たとえば毎日100枚書きなさいと言って書いても、正しい方法でやらなければ意味がない。紙も墨も無駄になります。どうすれば一番いいのかを常に考えてきました」
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さて李さんの言う「正しい方法」だが、まず自分の書きたいものを書くということ。たとえば、楷書から始めなければならないとか、行書、草書は上達してからというのではなく、あくまでも自分が書きたいものを書く。
「書道教室では一般的に先生が課題を出して、生徒さんがそれを練習するというふうですが、私の教室では生徒さんが書きたいものを決めてもらって、それに合わせて指導していきます」
自分がやりたいものを楽しんでやる。それができればうれしいし、さらに上達する。そうすると、もっと楽しくなっていくという“上達の方程式”だ。
また、一人の先生に師事するだけなく、「いろんな先生のいろんな字を学ぶことも大切です」と強調する。一人の先生だけにとどまっていると、その先生を超える書が生まれてこないというわけだ。
「食べものでもそうでしょう。いろんなものを食べて、健康な体を作っていくんです。同じものばっかり食べたら、どこか具合が悪くなるんじゃないですか」
また書道の極意について、こんな話もしてくれた。
「筆を下から上へ動かす場合、いきなり上へ行くのではなく、まず下へ気を動かします。左から右へ筆を進めるなら、まず左へ気をやる。これは人間の交流でも一緒です。自分のことを考えるなら、まず他人のことを考える。他人がいい気持ちになれば、自分もいい気持ちになれますからね」
分かりやすいたとえ話を交えて、書道の極意を語る李さん。その李さんが指導する教室の「楽陶会&日中古墨書道展」が来月開催される。
「教室の生徒さんの中で陶器作りもやってみえる方々がいまして、その人たちの陶器作品を中央に並べ、壁面には軸か額入りの書道作品を並べる予定です」
書道作品については、平成15年の教室開始当時から学ぶ生徒さんたちの、これまでの4年間の歩みがひと目で分かるよう、一年ごとの作品を展示するといった工夫もされているそうだ。書道展の詳細は別掲のとおり。「ぜひ一度足を運んでみてください」と李さんからのメッセージだ。