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味のある店2007年9月号・64号 - 人を訪ねる
鉛筆画家 中村剣持 さん
中村剣持さん
中村剣持さん
一宮市富塚字郷中382
TEL:0586-51-8026

8Bの鉛筆で描く
往年の映画スターたち

 最近、マスコミ関係で取り上げられることも多く、他のところで見たなんて人もいるかもしれませんが、ご本人が「ぜひ、『い〜ち』に」との希望で、実はもう前から連絡をいただいていた中村さん。「やっとこせ」の思いで、このたびお話を伺うことになった。

不遇な少年時代でも絵があったから

 中村さんは現在64歳。出身は、「三重県の鳥羽から、さらに2時間ほど山の中に行った村。イノシシやタヌキがあたり前な顔して歩いているような所。山猿もおったよ。楽しみといえば、ときどき巡回してくる映画ぐらい」。
 というわけで、幼少のころに出合った映画の数々は、中村さんが絵を描くようになる大きなきっかけのひとつだったという。
 「嵐勘十郎のチャンバラ映画や三益愛子の母物ね、それに片岡知恵蔵の『七つの顔を持つ男』。ともかく夢中になった。自分ところの村の上映会が終わったら、今度は隣の村にまで出かけていって見たもんだわ。今なら“映画の追っかけ”だわな」
 村々の上映会だけでなく、鳥羽市内の映画館にも出かけた。お目当ては、石原裕次郎。中村さんによれば、「裕次郎は人気だで、村までは来なかった」そうだ。
 さて、映画に夢中になる一方で、当時、流行しはじめた漫画にも熱中した。
 「剣道の『赤胴鈴之助』、相撲の『金星金太』、それに『まぼろし探偵』なっ。友達が、そうした漫画の載っていた『少年画報』を買ってもらっていたので、それを見せてもらって、真似しては描いていたんだわ」
 『少年画報』は、当時の少年雑誌のひとつだが、当時は誰でもが気軽に買えるような値段ではない。ましてや中村さんの場合は、故あって養子の身の上。漫画を描くためとはいえ、夜中に電灯を付けるのさえはばかられたという。
 「電球の周りを布で覆って、その真下で描いた」と語る中村さんに、「えっ、どうして?」と尋ねると、「うちは一部屋だけ。部屋では家族が寝とるし、電気代だってバカにならんでしょう」との返答。そんな風に不遇な時代を過ごした中村さんだが、「絵と飼っていたネコが心の寄りどころ」だったそうだ。

「消しゴムで描く…」って、あら、ほんと

中村剣持さんの作品展
●日時…8月21日(火)〜31日(金)
●場所…名鉄百貨店「一宮店」
    TEL:0586-46-7111

 長じて、運送関係、塗装関係など、さまざまな仕事を経験しながらも、昭和45年に一宮市にやって来た中村さん。織物修整の仕事を手がけるようになって、その仕事は今も続いている。もちろん映画も大好きで、それらに登場する映画スターを書くことは中村さんのライフワークのひとつにもなった。
 「何年か前に見た正月映画の『キングコング』はとくに印象的だった。パンフレットも買ったので、これを描いてみようと思った」
 こうして数々の映画スターを模写して、“自分だけ”で楽しんでいた中村さんだが、ある日、画材屋さんで自身の作品を披露したところ、「ぜひ展覧会を」と勧められ、「人生で初めて、自分の絵を見てもらうことになったんですわ」。
 以後、現在に至るまで、ホテルで、銀行で、ギャラリーや老人施設などでも中村さんの作品は大人気。
 「とくに年配の人たちが、なつかしいって喜んでくれるんです」
 申し遅れたが、中村さんの絵はすべて自己流。画材、道具、技法など、全部が全部、自分で考え、工夫して生み出したものだ。
 その極意のほどをと伺うと、「私の絵は消しゴムで描くの」となぞめいた答えをしながら、「8Bの鉛筆でいったんバックを塗って、それを消しゴムで消しながら画像を浮かび上がらせていく。ほらね」と実演。見る間にオードリー・ヘップバーンの魅力的な肖像が浮かび上がってくる。でも見るのは簡単だけど、実際はむつかしいんだろうなと思わずにはいられませんでした。ハイ。

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