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味のある店2005年6月号・37号 - 人を訪ねる
手話通訳士 杉野実奈 さん
「手話って、自分を表現すること。始めるとやめられない面白さがあります」と実奈さん
一宮市在住

手話は表現手段の一つ
思いや意志を
伝えたいという
熱い気持ちが大切です

 皇太子様も列席された「愛・地球博」開幕式でも、手話による通訳を務めた手話通訳士の杉野実奈さん。「いや、私の手話が特別どうのということではなく、たまたまスケジュールが空いていただけです」と本人は謙そんするが、小さな時から手話に興味を持ち、専門学校でも手話コースを選択したという本格的な腕前だ。杉野さんと手話の関係を聞いてみた。

子どものころの体験がきっかけ

 始めは私が習っていたんですよ。実奈を連れて手話教室に通っていたのですが、こういうことは子どもの方が覚えが早くて(笑)。私がわからない手話も実奈が先に覚えたりしていましたね」と語るのは母親の絹代さんだ。周囲に聴覚障害の子がいて、「手話でコミュニケーションがとれれば」と思いついたのがきっかけだったそうだ。
 そんな小さいころの体験がきっかけとなり、実奈さんは高校卒業後、「中央総合福祉専門学校」(現日本福祉大学中央総合福祉専門学校)に進み、本格的に手話を勉強し始めた。
 「福祉の勉強をした仲間のほとんどは老人ホームなどに就職しますが、私は手話の技術を生かしたいという気持ちから、京都にある聴覚障害者のための総合福祉施設に就職しました」
 そこではろう者の人と共に暮らし、生活面でも仕事面でも全面的にサポートする役割を担った。
 「聴覚以外の障害をかかえている人たちもいて、最初はこちらの意志がまったく伝わらなくて、あせりました。でもだんだんお互いの表現手段を覚えていって、言いたいことを理解してもらえると、不思議なことに気持ちも通じるんです」
 手話さえ知っていればいいという世界ではなく、そこでは顔の表情、目の動き、そして何より伝えたいという意志が大切だということ、手話は表現手段の一つに過ぎないんだということを知ったという。

演劇を始めてわかったこと

 4年間勤めた京都の施設を辞め、名古屋に帰ってきたのは「やりたいことを一つでも多くやろう」という気持ちから。
 「障害のある人たちと生活していると、一瞬一瞬が真剣勝負。限られた人生の中で自分が本当にやりたいと思うことを積極的にやっていこうという気にさせられるんですね」
 以前からやりたいことの一つに演劇があった。
 「身体を使って表現するという意味では演劇は手話の延長線上にあると思います。今は手話通訳の仕事以外に、演劇の稽古と公演、アルバイトに明け暮れる毎日ですが、やりたいことをやっているので苦になりません」
 所属する総合劇集団「俳優館」は、児童劇で人気を集める劇団だ。各劇場、また全国の小・中・高校で、ミュージカルや創作劇などを披露している。
 「子どもたち相手に芝居をしていると、正直な反応がかえってくるので鍛えられます。もっともっと勉強して自由に演技できるようになりたいですね」

だれにでも楽しんでもらえる
パフォーマンスをめざしたい

 障害のあるなしにかかわらず、だれにでもわかり、楽しんでもらえるパフォーマンスをいつか発表したい。それが実奈さんの夢だ。
 「ろう者の人たちにも私の表現を見てもらい、楽しさや感動を共有できたらと思います」
 こうした実奈さんの考え方は、絹代さんからの影響がとても大きいという。
 「手話に興味を持ったきっかけも母がつくってくれたわけですし、今も経済的にも精神的にも支えてもらってる部分が大きいです。母には本当に感謝しています」
 絹代さんも遠ざかっていた手話を再開。聴覚障害の人たちと共に手話サロンを立ち上げ、楽しく習っているそうだ。
 「母も私も、一人でも多くの人に手話を知っていただきたいという思いは同じ。似た者親子なんですね、きっと(笑)」
 手話通訳士の依頼があれば、ボランティアの仕事も含めて都合がつく限りどこへでも飛んでいく実奈さん。通訳と演劇活動で多忙ながら充実した日々を送っている。

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