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| 「大変だけど、書くのは楽しい」と語る伊藤さん |
どんなことであれ、人にものを教えるというのは容易なことではない。ましてやそこに剣道や柔道といった、いわゆる“道(どう)”と名のつくものであってみれば、たんに趣味の世界とは違って、さらに踏み込んだ境地が必要となってくるのだろう。ユニークな書道・ペン習字の先生を訪ねてみた。
高校を卒業して東京の劇団へ。一時は役者を志したこともあるという伊藤玄圃(げんぽ)さん、52歳である。
「ぼくのおやじがちょっと名の通った書家でして、僕も小さいころからよく毛筆の練習をしていました。そういうことへの反発もあったのか、書道の先生になるという気持ちは当時ほとんどなかった。それより自分で何ができるのか、何になるのか、そういうことへの興味のほうがずっと強かったですね」
東京での生活は約3年におよんだ。
劇団員の一人として、寝食(しんしょく)をともにする生活が続く。1日を120〜30円で過ごす貧しい生活だ。そのうち役者としての自分に見切りがついてきた。劇団を離れ、看板屋の職に就く。しかし金を稼ぎ、口を糊(のり)するだけの暮らしが長続きするわけもない。いったん出直しのつもりで郷里へ帰り、父親の手伝いを少しずつ続けるうちに、“習字の先生”への道が開けたのだという。
「おやじの助手をしながら、ただそれだけでは物足りなさを感じた。やはり、どうせやるならきちんとした先生について、自分なりの字を書いてみたいと思うようになったんです」
伊藤さんが門を叩いたのは、種村山童先生と佐野桃子先生という2人のまったく異なるタイプの師匠だった。
「種村先生は非常に男性的な字を書く人で、筆を立てた状態で一気に書く。一方、佐野先生はやわらかいというか、とにかく個性的。まねしようと思ってもなかなかまねできない。それぞれの個性という点では、これ以上はないという先生方でした」
伊藤さんが両先生から学び取ったのは、それだけではない。書としての字とは別に、ふだん書く字の大切さだ。ふだん何気なく書いている字にも、個性ははっきりと現れる。毛筆よりは、むしろペン字。ペン字の世界で、何か自分なりのものを追求できないかという思いだった。
「先生はもちろん、当時教えていた生徒さんたちにいたるまで、いろんな人のいろんなペンの持ち方を研究しました。そうするとペンの立て方、傾け方、そして力の入れ方などでいろんな字が生まれてくることに気がついたんです。若い子のマル文字なんてのは、ペンを立てて書く。極端に言えば悪い姿勢でも書ける字なんですね。そういったさまざまなクセや特徴にあわせて、その人にあった手本を作ってあげるというのが僕の教え方なんです」
伊藤さんの教え方の基本にあるのは、あくまでもその人その人の個性を大事にするという考え方だ。
「どんな人の字にもクセがあります。そのクセを否定する必要はない。むしろ個性と考えて、これをその人の望む字に、どうやったら近づけていけるかに気をつけています」
とは言っても、生来がまじめな性格の伊藤さん。自分の指導法が、果たしてベストなのか。たとえば子どもたちに習字を教えるとき、添削したりするのが本当に正しいことなのだろうか…。思わず知らず考え込んでしまうこともあると言う。
「そういう時はファミレスなんかへ行って、とにかくいろんな字を書く。店の中は明るいし、コーヒー一杯で何時間でもねばれます。紙とペンを持っていって、時には朝までずっと書いているときもありますねえ」
現在、伊藤さんは尾西市開明の自宅で教室を持つほか、奥町、玉野、里小牧の公民館や神社、さらには木曽川幼稚園などにも教室がある。掲載した写真のひとつは、木曽川高校の交流事業でニュージーランドの高校を訪れた時のもの。
「字はおもしろいですよ。知らん間に52歳になっちゃったけど、まだまだ全然ですよ。むしろ、これからだという気がしてますねえ。ええ」