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| 小島弘之さん・美保さん |
星の数ほどある職業の中で、これは大変だと感じている職業がいくつかある。その筆頭が農業だ。なにしろ相手は自然…。晴れる日もありゃ、曇る日もある。それくらいならまだましで、台風は来る、虫の被害にも遭う。そんな大変さの中で無農薬野菜を作り、それを生活の糧にするなんてことを本気で実践しているご夫婦が浅井町にいた。
大学を卒業して、そのまま就職。エンジニアの道を歩んでいた小島弘之さんだったが、仕事を続ける毎日の中で、何か違う、これで本当にいいのだろうか? と疑問を持つようになった。それは環境への関心であったり、食糧の自給問題であったり、ひいては人間として 生きること そのものへの問いであったかもしれない。
「今から思えば、あまりにもかっこ良過ぎたかもしれません。でも仕事をしていて過労で倒れる人を目の当たりにしたり、環境のことなんか考えたりすると、やはりもっと自分でできることがあるんじゃないかなと思ったんです」
その自分でできることが農業であった。
「江南市に無農薬で有機農業をやってる方がいまして、そこで約2年間修業。あとは、もう自分でやるしかないと思って、そこからがスタートでした」
奥さんの美保さんとは会社勤めのころからの付き合いだったが、農業をやりたいという弘之さんに、さして反対でもなかった。
「それまでは普通のOLだったんですが、農業やるっていうから、へえ、私も土いじりができるんだ〜ぐらいで、結構気楽に構えていましたね」
会社を辞めた。有機農業のノウハウも多少は身につけた。さあ、やるぞと意気込んでも、野菜を育てるための畑がない。畑を借りるために、「そうですねえ、生まれてから今までで、いっちばん苦労しました(笑)」と弘之さん。
畑を借りるのに東奔西走する弘之さんだったが、だれも貸してくれない。いくら頭を下げても、「ダメなものはダメ」
そんな八方ふさがりの状況で知ったのは、県の新規就農認定だ。これを受ければ農業普及センターなど、いわゆる公的機関からの お墨付き がもらえる。早速、認定を獲得。センターからの仲介を受け、土地所有者の人も「話ぐらいは聞いてくれる」ようになった。
「最初に借りたのが木曽川町の60坪ほどの土地。日当たりが悪い場所だったけど、そういう土地にはそういう土地にふさわしい作物が育つんですね。肥料のやり方や土の盛り方など、いろいろ試しながら、ひとつずつ勉強のつもりで取り組んでいきました」
もちろん野菜作りの一方で、買ってくれる人たち、つまり販路もつくらなければならない。最初は数件の知り合い範囲だったが、次第に応援してくれる人が出てきて、飲食店向けなどの大口重要も見込めるようになってきた。
今では、岐阜、一宮、尾西、木曽川、稲沢の一般家庭や飲食店などへ、夫婦で手分けして配達しているという。
「木曽川町の畑から始めて、丸3年。今では木曽川町、千秋町など、9か所で約5反の広さの畑を借りてやっています。異常気象などもありましたが、幸い台風で全滅というようなこともなく、これまでやってこられました」
就農経験まったくのゼロから、この「おひさま農園」を軌道に乗せた2人。これまでの苦労なども聞いてみた。
弘之さんは「精神的な挫折はいくらでもありましたが、野菜は日々成長しているし、その意味では待ったなしですからね。考え込むよりは、次に何をするかということの方が多かったと思います」
美保さんは「何が大変といって、夏場の虫と草。無農薬での野菜作りなので、一つひとつ手で虫を取り除きますが、中には顔をめがけて向かってくる“元気虫”までいますから。草もうちのはすごく元気に育ってくれちゃってますから(笑)」
楽しく話を聞いていくうちに、2人の農業への思いや考え方も見えてきたような気がした。例えば雑草も、すべてを取り除くということではなく、作物によって強く除去したり、まったく除草しなかったりする。
また虫についても、肥料のやり方や、育苗時に「かんれいしゃ」というネットをかけることで防げる。作物ごとの性質や畑のコンディションなどを考慮に入れた農法で、病虫害はもちろん、異常気象にも耐えうる野菜作りをできるというのが、2人の考え方だ。
「いろいろな方法を試すことで、少しずつ分かってきたことも多いですが、何より大切なのは無農薬・有機栽培で育った野菜は、食べておいしいこと」と弘之さん。
美保さんも「野菜自体に力があるから、皆さんおいしいと言ってくれます。いーちの読者の方たちにも、ぜひ一度味わってもらいたいですね」
年間の栽培は約80種類にものぼるという「おひさま農園」の野菜。取材当日は、キャベツ、ニンジン、パプリカなどをかじってみたが、しっかりと味があった。サツマイモをストーブで焼いてもらった。これもまた甘くておいしかった。