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| 制作中の作品を持つ服部さん |
廃材をいかして、昔の民家模型を作っているおじさんが尾西市にいらっしゃった。材料はヒノキ、スギ、マツ…。大工の棟りょうを続ける友人から分けてもらってきた材料を、切って、削って、焼いて、そして風合いのいいミニチュア民家を仕上げていく。「一軒作るのに、約1年。今までに、そうだなあ20軒くらい作ったかなあ…」。尾西市にお住まいの服部善明さん(72歳)を訪ねた。
繊維関係の会社に勤めて約40年。会社員時代から始めたという木工の趣味が高じて、最初は飛行機の木製模型を、やがて古い民家の模型を、一軒一軒手づくりで作り始めたという服部さん、まずはそのきっかけからうかがった。
「そうだねえ…。やっぱり昔の家への愛着かなあ。日当たりのいい縁側や、田の字に仕切った和室、そして床の間やいろりを切った部屋、簡素な台所など、昔の日本の家には、そういう独特の美しさがあるでしょう。だけど、そういう家はだんだん少なくなっていく。神社やお寺は残されていくけど、一般の民家は残らない。ただ、壊されていくだけだでねえ」
そこで考えたのは、そうした民家の模型をミニチュアで残そうというものだった。
「会社が休みの折には、尾張地区はもちろんのこと、養老や大垣、遠くは高山までも出かけていって、昔の家を研究したんだわ」
外から写真を撮ったり、時には上がりこんで天井裏などを見せてもらったこともある。今でも忘れられないのが養老の旧家を訪れたときのこと。なんでも、ある銀行の頭取の家だったらしく、しかもその家は文化財に指定された家でもあった。家に入って話を聞くうちに家主と意気投合。ついでに食事とお酒までごちそうになって帰ってきたのだという。
「それが第1号の家。1年間かかって昭和53年の7月に完成。だから、その養老の家へ行ったのは昭和52年のことになるね。当時は見本になるものもないし、自分で設計図を引っぱって、こつこつと仕上げていったんだわ」
服部さんの模型作りの特徴は、限りなく実際の家に近づけること。たとえば天井のはり、部屋ごとのふすまや柱、そして敷居のほぞ、あるいは壁のしっくいにいたるまで、徹底して実物に近づけていく。
「はじめのうちは外側だけにこだわっていたけど、だんだん中も作り込んでいきたくなってね。細かい所まで手を入れられるように、たとえば屋根をはずせるように工夫したり、また雨戸もきちんと引き出せるようになっとるし、そりゃあ目に見えんところでいろいろな工夫が凝らしてあるからね。だから私の作るミニチュアは、人間がミニチュアの寸法になったら、そのまま生活できるような家ばっかりだでね」
さまざまな工夫を重ね、一軒一軒を手づくりで仕上げていく。一軒あたりの制作期間は約1年。組み立てには1本のクギも、また接着剤も使わない。おかげで鉋(かんな)のかけ方や、制作に用いる道具の研ぎ方にいたるまで、さまざまな技術が身についたという。
「どこで話を聞いたか知らんけど、いろんな人が“作り方を教えてくれ”とか“一軒作ってもらえんか”などと言ってくるけど、これは教えてわかるもんでもないし、そういう人たちには自分の作品を見せてあげて、自分で研究してもらうように言っとるわ。また、注文を受けて作ったこともいっぺんもないし、どうしても家に置いておきたいという人には、“貸し出し”しとるんだわ」
つまり服部さんの作品は、そのすべてが門外不出。時に貸し出すことはあっても、譲ったりすることはない。自分が苦労して作り上げたものは、いわばすべてが服部さんの分身だ。「作ったら手放せん」は、いまや服部さんの信念でもある。