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| 「これまで、いろいろな世話役を引き受けてきた」と語る熊沢さん |
お話を伺っているうちに、きっと「地元ではみんなが知っているおじさん」なんだと納得。木曽川町で『八百助』という酒屋さん兼八百屋さんを経営している熊沢里美(68歳)さんを訪ねた。
「そうだなあ、今から6年ぐらい前かな、この『一豊の里』をつくったのは…」と語り始める熊沢さん。そう、一豊とは山内一豊(やまのうちかずとよ)のことで、ここ木曽川町黒田は彼の生誕の地でもある。地元出身の山内一豊にちなんで、何かできないかと考えていた熊沢さんは、息子さん(熊沢勝さん)とも相談して、地元ブランドの清酒をプロデュースすることを思いついた。そこで岐阜県羽島市の酒造会社とタイアップして、吟醸酒をブレンドした特別本醸造酒『一豊の里』の販売を始めたのだという。
「販売当初はあちこちから問いあわせがあって大変だった。今でも年間1,000本以上を出荷しているけど、あっさりして飲みやすいと評判はいいよ。ラベルには吟醸酒10%ブレンドと書いてあるけど、本当は15%入ってるんだ」と、企業秘密(?)も教えてくれる。
熊沢さんの先代、つまりは『八百助』の創業者である故熊沢助一さんのお話も興味深かった。屋号の八百助も、ご本人の名前からとったもので、その名のとおり、はじめは八百屋のひき売りからスタート。やがて酒類販売免許を取った先代は、近所の運送業者と組んで、近隣の市町村へ積極的に販売攻勢をかける。当時、酒類の販売にはあらかじめ決められたテリトリーがあった。それをけ散らして遠方へまで販売に行こうとする八百助さん。迎え撃つのは、近隣市町村の酒屋さん。「木曽川の八百助が来るぞ」というので、みんなが集まって阻止したり、それを突破したり…。
そんな昔話を披露してくれる熊沢さんだが、実は商店主以外にも多彩な顔を持つ。まず本業の酒屋さん関係では、地域の酒類販売組合の副理事長を務める。
「スーパーの進出などがあって、小売店どころか、問屋までもが廃業する時代。会合に出ても、全体的にあきらめムードが漂っているけど、このまま何もせずにお手上げでは面白くない。国税局の人を招いて勉強会を開催したり、あれこれやってる。やっぱり人間は努力せな、いかんでね」と、深刻な話題もさらりと流す。
熊沢さんのもう一つの顔ともいえるのが、地域の教育関係での取り組みだ。これは息子さんが小学生の時にPTA役員になったのがきっかけで、「以来40年間、教育関係一筋でやってきた」(本人談)。
その40年の取り組みを紹介すると、小学校のPTA役員が4年、中学校4年、その後PTA会長として2年、さらに顧問で2年。そうした活動の延長線で出身中学校の同窓会を立ち上げることに。その同窓会の役員が13年、やがて教育委員に任命されて13年、最近は保護司としての仕事も増え、さまざまな相談にも乗っているという。
「保護司をやっていて思うのは、やっぱり家庭の大切さだね。そして本人のやる気。これは商売でも、何でも当てはまる。やっぱり努力せな。努力すれば何とかなると思うんだわ」
68歳の今、現役の商店主として活躍する一方、趣味のソフトボールにも力を入れる。「体を動かすことで、自分自身の気力を養っている」と、『八百助』のおやじさん、熊沢さんは元気いっぱいであった。