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| 「子どもと過ごす時間は楽しいね」と語る川島さん |
川島勉さんは、今年62才だが、身のこなしは軽快で、まるで青年のようだ。それもそのはず。25年間、小学生の子どもたちに野球を教え続けているスポーツマンなのだ。
「野球が好きで、子どもが好きで、気が付いたらここまで来ちゃったということですわな」と、日焼けした顔に満面の笑みをたたえて、少年野球の魅力を語ってくれた。
「少年野球を始めて何年になるかって? えーっと、長男が小学校4年の時だったからね、もう25年やってることになるね。すごいねぇ(笑)」と数えてみて、本人もびっくり。
「私自身、高校時代は一宮商業で野球をやってましてね。卒業して郵便局に就職してからも、地元で草野球をずっと続けていました」
そんな関係から、今伊勢西小学校に野球部が設立されたと同時にコーチへの誘いがあり、就任した。
「当時は、野球は花形スポーツ。黙っとっても子どもたちが集ってきたもんだった。あんまり多いので、テストで落としたしたくらいだったですよ」
それが今は、子どもたちを集めるのにひと苦労だとか。
「どうしてもサッカーに取られちゃうでしょ。だから子どもたちがまだ小さいうちから仲良くしとくの。なんとか勧誘成功に持ち込もうと長期戦の構えですわ。こうした水面下の努力がなかなか大変なんですよ(笑)」
ひょうひょうとした語り口からは、あまり切羽詰まった状況が浮かんでこないが、少年野球にとって人数集めは大きな課題であるようだ。
「そりゃ、数が多ければ、それだけ選手の層も厚くなるからね、ウチの子どもたちはみんなそこそこのレベルで戦うんだけど、なにせ人数が少ないから、なかなか優勝はできませんねぇ」
それでも今伊勢西小学校の野球クラブは、年に数回開催される大きな大会に必ず出場し、健闘しているそうである。
昔と今の子どもでは、気質がずいぶん違うような気がするし、塾や習い事で多忙な子も多いだろう。そんな中での指導は難しいのでは…という質問に川島さんは「そんなことはありません。はじめは言うこと聞かん子でも、大勢の子たちの中で続けていれば、必ず協調性のあるいい子に育っていきます。とにかく途中で辞めないで、私を信用して任せてほしいということを親御さんには言っています」
今はコーチの役を後輩の若手に譲り、川島さんは会長を務めている。
「お母さんたちとコミュニケーションをとって、お子さんたちの現状を説明したり、野球というゲームの面白さを伝えたりするのが年長者である私の役目。円満な人間関係をつくることも大事なことですから」
川島さんは少年野球を「技術を追求して、勝負にこだわるもの」というふうにはとらえていないようだ。
「続けて、地道に努力する。体力をつける。体力がつけば、自然にやる気もわいてきますからね」
母親たちに「おかげさまで、うちの子、野球がうまくなりました」と言われるより「丈夫になって、風邪もひかなくなりました」と言われることの方がうれしいという。
「ぜんそくの持病のあった子が、外の空気に当たって野球を続けているうちに、治っちゃったということもありました。太陽や風に当たって、きっと体力がついたんだろうね。それでぜんそくを押し切る体ができたんだと思います。そういうふうに喜んでもらえることが一番うれしいですね」
川島さんは少年野球だけでなく、愛知県の高校野球の審判も引き受けている。
「春・夏の高校野球尾張地区予選や、各地方の大会など、頼まれれば、どこでも出かけて行きます。小学生は、どうしてもサッカーに行く子が多いが、高校は最近、どこの部でも部員数が増えているんですよ」
野球はさまざまな要素が集まったデリケートなスポーツ。高校生くらいの年齢になって初めてその魅力や奥の深さを理解できるのかもしれない。
「とにかく野球を好きになってくれる子が一人でも増えればこんなにうれしいことはない」と語る川島さんだが、一方で「子ども囲碁教室」の指導も引き受けている。
「今伊勢西小学校では隔週火曜日に、地元の会館では月曜日の夕方にちょこっと教えています」
野球と囲碁の指導で、自分の時間をほとんど子どもたちに捧げているわけだが、「うーん、やっぱり子どもが好きなんやろうね。子どもの方でも、なんかしらんけど私のところに寄ってくるもんね」と目を細める。
「あいさつがきちんとできて、元気で、いざという時に集中して自分の力を発揮できる子になってほしい」という思いを込めて今日も指導に出かけて行く川島さんは、地域の子どもたちから親しまれてる“頼もしいおじさん”であると同時に、親にとっても子育てを応援してくれる“頼れる大人”なのだ。